ترجمة سورة الفتح

الترجمة اليابانية للمختصر في تفسير القرآن الكريم

ترجمة معاني سورة الفتح باللغة اليابانية من كتاب الترجمة اليابانية للمختصر في تفسير القرآن الكريم.

使徒よ、われらはあなたにフダイビヤの和議によって明らかな勝利をもたらした。
アッラーがこの和議以前かつこれ以降のあなたの過ちを赦し、あなたの宗教を助けることであなたへの恩恵を完遂し、イスラームの正道へあなたを導くためである。
そして誰も遮ることのできない力強い援助でアッラーがあなたを敵に対して助けるためである。
信仰の上に信仰が高まるよう、信者の心に不動の精神と安泰の気持ちを与えたのはアッラーである。アッラーにのみ天地の軍勢はあり、かれはお望みの者に助けを与えられる。アッラーは僕たちに役立つことをよく知る御方であり、援助を与えるうえで英明な御方であられる。
アッラーとその使徒を信じる男女の信者を城下や木々の下を川が流れる天国に入れ、彼らの悪行を帳消しにして咎めないためである。求められるもの、すなわち天国を得て、怖れられるもの、すなわち悪行の咎を負うのを遠ざけるといった、ここで言及されていることは、アッラーの御許におけるこれ以上ない成功の成就なのである。
一方、かれは偽信者の男女を罰せられ、アッラーの他に別のものを崇める多神教徒の男女を罰せられる。彼らはアッラーがご自分の宗教を助けることはなく、その御言葉を高めることはないと勝手に思い込むが、懲罰の循環は彼らのもとに舞い戻り、その不信仰や悪しき想念のせいでアッラーのお怒りを買い、そのお慈悲から追い出され、あの世では永遠の火獄が用意される。帰りどころとして、火獄はなんとおぞましい行先だろうか。
アッラーにのみ天地の軍勢はあり、かれはお望みの者に助けを与えられる。アッラーは威力並びない無敵の御方であり、その創造の御業、ご計画、ご配剤において英明な御方であられる。
使徒よ、われらがあなたを遣わしたのは、あなたの共同体に対する審判の日の証言者として、この世で得られる援助と制圧、あの世で得られる恩恵の吉報を信者に伝える福音の伝達者として、不信仰者にこの世で待ち受ける屈辱と信者による敗北、あの世で待ち受ける痛ましい懲罰を伝える警告者として、である。
きっとあなたたちはアッラーとその使徒を信じ、使徒を敬い丁重に接し、アッラーを朝晩称えるだろう。
使徒よ、リドワーンの誓いで多神教徒のマッカの民との戦いを誓約した者は、実際はアッラーとの誓約を結んだのである。というのも、多神教徒との戦いを命じたのはかれだからであり、報いるのもかれだからである。誓約の際に重ねられる手のうえには、アッラーがおられるというわけである。かれは(誓約に臨む)彼らを見ておられ、かれに不明なことは何一つない。よって誓約を破り、その教えを助けるとアッラーに誓ったことを守らなかった者は、誓約反故の害を自分自身で受けることとなる。アッラーがそれで害をこうむるわけではない。一方、その誓いを守った者には、かれは天国という偉大な報奨を与えるだろう。
使徒よ、マッカへの旅路を共にしなかったベドウィンでアッラーが居残らせた者は、あなたから責められると言うだろう。「財産や子供たちの面倒を見るので忙しく、お供できませんでした。どうか私たちの罪をアッラーに赦していただけるようお願いしてください。」預言者に罪の赦し乞いをお願いするなど、心にもないことを言っている。そもそも彼らは罪を悔い改めようとはしていないからである。彼らに言うがよい。「アッラーがあなたたちに良いことを望まれても、良くないことを望まれても、アッラーを前に何かできる人は誰もいません。どれほど隠そうとしても、アッラーはあなたたちの行いをよく知っておられ、かれに不明なことは何一つないのです。」
財産や子供の面倒を見るのに忙しかったというのが、あなたたちが出征できなかった理由ではない。むしろ使徒とその教友皆がやられてしまい、マディーナの家族のもとには戻れないだろうと思い、悪魔がそれを心の中で飾り立て、主についても悪しき想念を持ち、預言者を助けはしないだろうと思い込んだのがその理由である。あなたたちはアッラーのことを悪く思い、その使徒に背いたために、破滅する民となった。
アッラーとその使徒を信じない者は不信仰者であり、アッラーは不信仰者のために燃え盛る炎を審判の日の罰として用意されたのである。
アッラーにのみ天地の王権はある。お望みの者の罪をお赦しになり、その恩恵によって天国に入れ、その正義によってお望みの者を罰せられる。アッラーは悔い改めた者の罪をよく赦して下さる御方であり、慈悲深い御方であられる。
信者よ、あなたたちがハイバルの戦利品というフダイビヤの和議のあとで取ってよいと約束されたもののところへ出立しようとすると、アッラーが居残らせた者は言うだろう。「私たちも何か得られるよう一緒に行かせてください。」これら居残り組の者は、このお願いによってハイバルの戦利品をフダイビヤの和議のあとで信者にのみ与えるというアッラーの約束を取り換えようというのである。使徒よ、彼らに言うがよい。「戦利品を得ようと私たちのあとを追ってはなりません。アッラーはフダイビヤに参加した者だけに約束してくださったのです。」彼らは言うだろう。「私たちをハイバルに同行させてくれないのは、アッラーからのご命令ではなく、私たちへの嫉妬があるからです。」事はこれらの居残り組が思い込むようではなく、むしろ彼らはアッラーのご命令や禁止をほとんど理解しない。だからかれへの違反に陥ったのである。
使徒よ、ベドウィンのうち、マッカへの行軍であなたと同行しなかった居残り組を試しつつ言うがよい。「やがて戦に強い強靭な民との戦いに召集をかけられるでしょう。アッラーの道において彼らと戦うか、あるいは彼らが戦いなしにイスラームに入信するかとなります。アッラーがいざなう戦いにおいてかれに従えば、天国という良い報奨を与えて下さるでしょう。ですがマッカへの行軍と同じように居残ってかれに従わなかったなら、痛ましい懲罰で罰するでしょう。」
盲目や身体の障害、病気などの事情がある者には、アッラーの道における戦いに参加できなかったとしても罪はない。アッラーとその使徒に従う者を、かれは城下や木々の下を川が流れる天国に入れて下さるが、逆らって従わない者は痛ましい懲罰で罰せられるだろう。
フダイビヤの木の下でリドワーンの誓いによってあなたに誓いを立てた信者にアッラーは満足され、彼らの心の中には信仰と純真さ、誠実さがあることを確認された。そうして彼らの胸中に安らぎをもたらし、マッカに入れなかった代わりにハイバルの勝利というその後間もない勝利でもって報いられたのである。
そしてハイバルの民から数多くの戦利品を得られるように与えられた。アッラーは無敵で威力並びなく、その創造の御業やご計画、ご配剤において英明な御方であられる。
信者よ、アッラーはあなたたちに将来各地でのイスラームによる領土拡大を通して得られる数多くの戦利品を約束された。ハイバルの戦利品を与え、ユダヤ教徒があなたたちの留守の間に家族を襲おうとしたのを防いでくださったのは、すぐに手に入れられた戦利品をあなたたちにとってのアッラーのご援助の印とされ、あなたたちを正道へ導くためであった。
また、アッラーはあなたたちに今すぐは手に入れられない別の戦利品をも約束してくださった。アッラーだけが力を及ぼすことのできるものであり、今それはかれの知識とご計画の中にある。アッラーは全能であり、何ものもかれを妨げることはない。
信者よ、たとえアッラーとその使徒を信じようとしない者たちが戦いをけしかけてきても、やがて彼らはあなたたちの目前で負けをさらけ出して逃げていくだろう。彼らには後見役も援助者もいないのである。
信者の勝利と不信仰者の敗北は、全ての時代と場所において確実な出来事であり、これらの否定者の前に過ぎ去った共同体に定められたアッラーの摂理である。使徒よ、アッラーの摂理に変更はないのだ。
かれこそは80人ほどの多神教徒の男がフダイビヤであなたたちに危害を加えようとした手を止めてくださり、あなたたちが彼らを傷つけたりして一戦交えてしまわないように押しとどめてくださった御方。それだけでなく、彼らを捕虜にした後で武装解除させることができるようにしてくださった。アッラーはあなたたちの行うことを見ておられる。かれに不明なことは何一つないのである。
彼らこそアッラーとその使徒を信じようとせず、あなたたちに禁忌のあるマスジドを禁じ、供犠を禁じ、屠殺の場である禁忌のある場所にたどり着けないまま抑留させた者である。もしあなたたちが男女の信者を不信仰者と間違えて殺めてしまう可能性がなかったなら、マッカの信者のようにアッラーがお望みの者をそのお慈悲に入れて下さるよう、マッカ征服を許可してくださっただろう。マッカで信者と不信仰者の見分けがついたなら、アッラーとその使徒を信じようとしなかった者に痛ましい懲罰を味わわせていただろう。
アッラーとその使徒を信じようとしない者の心に、イスラーム以前の無明時代特有の誇りをかれはもたらされた。真理を真理とすることではなく、我欲に基づく誇りである。そうして彼らはフダイビヤの和議締結の年にアッラーの使徒をマッカに入れてしまうと自分たちが負けたと思われるのを恐れてそれを阻止した。だがそこでアッラーはその使徒と信者の心に安らぎをもたらし、(マッカ入りを阻止された)怒りが彼ら信者をして多神教徒への報復に突き動かすことはなかった。こうしてアッラーは信者に「アッラーの他に神なし」という真理の言葉を守らせ、それが意味するところを実践させたのである。信者はこの言葉に誰よりも見合う行動をとり、心の中に宿す善良さをアッラーが知るにつけ、それに相応しい者であった。アッラーは全てを知っておられ、かれに不明なことは何一つない。
アッラーはその使徒が夢に見て教友に伝えたものを正夢とされた。それは彼とその教友が禁忌のあるアッラーの家(マスジド)に敵から安全な状態で入っていき、巡礼行事の最後に禁忌状態を解くものとして剃髪した者もあれば、短くした者もあったというものである。信者よ、たとえあなたたちがわからなくても、アッラーには何があなたたちの役に立つかをわかっておられるのだ。だからその年にマッカ入りの正夢を実現されなかったことをむしろやがて来る勝利とされたのである。それがアッラーの実現されたフダイビヤの和議であり、フダイビヤの和議締結に居合わせた信者の手によって成し遂げられた、それに続くハイバルの勝利であった。
アッラーこそがその使徒ムハンマドを明らかな論拠とイスラームという真理の教えをもって遣わされた御方であられる。それは様々な異なる宗教全てのうえに(イスラームを)高々と掲げるためであり、すでにアッラーがそれを証言されたのである。証言者はアッラーで十分というもの。
ムハンマドはアッラーの使徒であり、彼と共にいる教友は敵対する不信仰者に対しては厳しいが、仲間内では情け深く思いやりに満ちた優しい者たちである。彼らに視線を向ける人よ、あなたは彼らが至高のアッラーに祈りを捧げて立礼、平伏礼をしつつ、アッラーのお赦しと良き報奨、お悦びをお願いするのを見るだろう。彼らの印は導きと姿勢、礼拝の光がその顔に表れた平伏礼の跡である。それがムーサーに下された律法で描かれている描写でもある。一方、イーサーに下された福音書では、彼らの例えはその完全なまでの相互扶助から小さな芽が脛の高さまで大きく育ち、植えた人がその見事な実りに感心する農作物である。それはアッラーが彼らを通してその力強い様と連携ぶり、完全さを不信仰者に見せつけ、悔しい思いをさせるためである。アッラーを信じ、善行を行う教友に罪を咎められることのない赦しと天国という偉大な報奨をアッラーは約束してくださった。
سورة الفتح
معلومات السورة
الكتب
الفتاوى
الأقوال
التفسيرات

سورةُ (الفتح) من السُّوَر المدنية، نزلت في صلحِ (الحُدَيبيَة)، الذي كان بدايةً لفتحِ مكَّة الأعظم، وتحدَّثت عن جهاد المؤمنين، وعن (بَيْعة الرِّضوان)، وعن الذين تخلَّفوا عن رسول الله صلى الله عليه وسلم من الأعراب والمنافقين، كما تحدثت عن صدقِ الرُّؤيا التي رآها الرسولُ صلى الله عليه وسلم؛ وهي دخوله والمسلمين مكَّةَ مطمئنين، وقد تحقَّقت تلك الرؤيا الصادقةُ، وخُتمت بالثناء على الرسول الكريم صلى الله عليه وسلم، وأصحابِه الأخيار الأطهار.

ترتيبها المصحفي
48
نوعها
مدنية
ألفاظها
560
ترتيب نزولها
111
العد المدني الأول
29
العد المدني الأخير
29
العد البصري
29
العد الكوفي
29
العد الشامي
29

* نزَلتْ سورةُ (الفتح) يوم (الحُدَيبيَة):

عن أبي وائلٍ شَقِيقِ بن سلَمةَ رحمه الله، قال: «كنَّا بصِفِّينَ، فقامَ سهلُ بنُ حُنَيفٍ، فقال: أيُّها الناسُ، اتَّهِموا أنفسَكم؛ فإنَّا كنَّا مع رسولِ اللهِ ﷺ يومَ الحُدَيبيَةِ، ولو نرى قتالًا لقاتَلْنا، فجاءَ عُمَرُ بنُ الخطَّابِ، فقال: يا رسولَ اللهِ، ألَسْنا على الحقِّ وهم على الباطلِ؟ فقال: «بلى»، فقال: أليس قَتْلانا في الجنَّةِ وقَتْلاهم في النارِ؟ قال: «بلى»، قال: فعَلَامَ نُعطِي الدَّنيَّةَ في دِينِنا؟ أنَرجِعُ ولمَّا يحكُمِ اللهُ بَيْننا وبَيْنهم؟ فقال: «يا بنَ الخطَّابِ، إنِّي رسولُ اللهِ، ولن يُضيِّعَني اللهُ أبدًا»، فانطلَقَ عُمَرُ إلى أبي بكرٍ، فقال له مِثْلَ ما قال للنبيِّ ﷺ، فقال: إنَّه رسولُ اللهِ، ولن يُضيِّعَه اللهُ أبدًا؛ فنزَلتْ سورةُ الفتحِ، فقرَأَها رسولُ اللهِ ﷺ على عُمَرَ إلى آخِرِها، فقال عُمَرُ: يا رسولَ اللهِ، أوَفَتْحٌ هو؟ قال: «نعم»». صحيح البخاري (٣١٨٢).

* قوله تعالى: {لِّيُدْخِلَ اْلْمُؤْمِنِينَ وَاْلْمُؤْمِنَٰتِ جَنَّٰتٖ تَجْرِي مِن تَحْتِهَا اْلْأَنْهَٰرُ} [الفتح: 5]:

عن أنسِ بن مالكٍ رضي الله عنه، قال: «{إِنَّا فَتَحْنَا لَكَ فَتْحٗا مُّبِينٗا} [الفتح: 1]، قال: الحُدَيبيَةُ، قال أصحابُه: هنيئًا مريئًا، فما لنا؟ فأنزَلَ اللهُ: {لِّيُدْخِلَ اْلْمُؤْمِنِينَ وَاْلْمُؤْمِنَٰتِ جَنَّٰتٖ تَجْرِي مِن تَحْتِهَا اْلْأَنْهَٰرُ} [الفتح: 5]». قال شُعْبةُ: «فقَدِمْتُ الكوفةَ، فحدَّثْتُ بهذا كلِّه عن قتادةَ، ثم رجَعْتُ فذكَرْتُ له، فقال: أمَّا {إِنَّا فَتَحْنَا لَكَ} [الفتح: ١]: فعن أنسٍ، وأمَّا «هنيئًا مريئًا»: فعن عِكْرمةَ». أخرجه البخاري (٤١٧٢).

* قوله تعالى: {وَهُوَ اْلَّذِي كَفَّ أَيْدِيَهُمْ عَنكُمْ وَأَيْدِيَكُمْ عَنْهُم بِبَطْنِ مَكَّةَ مِنۢ بَعْدِ أَنْ أَظْفَرَكُمْ عَلَيْهِمْۚ} [الفتح: 24]:

عن المِسْوَرِ بن مَخرَمةَ ومَرْوانَ بن الحَكَمِ، قالا: «خرَجَ رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم زمَنَ الحُدَيبيَةِ، حتى إذا كانوا ببعضِ الطريقِ، قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: إنَّ خالدَ بنَ الوليدِ بالغَمِيمِ في خيلٍ لقُرَيشٍ طليعةً؛ فَخُذُوا ذاتَ اليمينِ، فواللهِ، ما شعَرَ بهم خالدٌ حتى إذا هُمْ بقَتَرةِ الجيشِ، فانطلَقَ يركُضُ نذيرًا لقُرَيشٍ، وسارَ النبيُّ صلى الله عليه وسلم، حتى إذا كان بالثَّنيَّةِ التي يَهبِطُ عليهم منها، برَكتْ به راحِلتُه، فقال الناسُ: حَلْ حَلْ، فألحَّتْ، فقالوا: خلَأتِ القَصْواءُ، خلَأتِ القَصْواءُ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «ما خلَأتِ القَصْواءُ، وما ذاكَ لها بخُلُقٍ، ولكنْ حبَسَها حابسُ الفيلِ»، ثم قال: «والذي نفسي بيدِه، لا يَسألوني خُطَّةً يُعظِّمون فيها حُرُماتِ اللهِ إلا أعطَيْتُهم إيَّاها»، ثم زجَرَها فوثَبتْ.

قال: فعدَلَ عنهم حتى نزَلَ بأقصى الحُدَيبيَةِ على ثَمَدٍ قليلِ الماءِ، يَتبرَّضُه الناسُ تبرُّضًا، فلَمْ يُلبِثْهُ الناسُ حتى نزَحوه، وشُكِيَ إلى رسولِ اللهِ صلى الله عليه وسلم العطَشُ، فانتزَعَ سهمًا مِن كِنانتِه، ثم أمَرَهم أن يَجعَلوه فيه، فواللهِ، ما زالَ يَجِيشُ لهم بالرِّيِّ حتى صدَرُوا عنه.

فبينما هم كذلك، إذ جاءَ بُدَيلُ بنُ وَرْقاءَ الخُزَاعيُّ في نَفَرٍ مِن قومِه مِن خُزَاعةَ، وكانوا عَيْبةَ نُصْحِ رسولِ اللهِ صلى الله عليه وسلم مِن أهلِ تِهامةَ، فقال: إنِّي ترَكْتُ كعبَ بنَ لُؤَيٍّ وعامرَ بنَ لُؤَيٍّ نزَلوا أعدادَ مياهِ الحُدَيبيَةِ، ومعهم العُوذُ المَطَافِيلُ، وهم مُقاتِلوك وصادُّوك عن البيتِ، فقال رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم: «إنَّا لم نَجِئْ لِقتالِ أحدٍ، ولكنَّا جِئْنا معتمِرِينَ، وإنَّ قُرَيشًا قد نَهِكَتْهم الحربُ، وأضَرَّتْ بهم، فإن شاؤوا مادَدتُّهم مُدَّةً، ويُخَلُّوا بَيْني وبَيْنَ الناسِ، فإنْ أظهَرْ: فإن شاؤوا أن يدخُلوا فيما دخَلَ فيه الناسُ فعَلوا، وإلا فقد جَمُّوا، وإنْ هم أبَوْا، فوالذي نفسي بيدِه، لَأُقاتِلَنَّهم على أمري هذا حتى تنفرِدَ سالفتي، وَلَيُنفِذَنَّ اللهُ أمرَه»، فقال بُدَيلٌ: سأُبلِّغُهم ما تقولُ.

قال: فانطلَقَ حتى أتى قُرَيشًا، قال: إنَّا قد جِئْناكم مِن هذا الرَّجُلِ، وسَمِعْناه يقولُ قولًا، فإن شِئْتم أن نَعرِضَه عليكم فعَلْنا، فقال سفهاؤُهم: لا حاجةَ لنا أن تُخبِرَنا عنه بشيءٍ، وقال ذَوُو الرأيِ منهم: هاتِ ما سَمِعْتَه يقولُ، قال: سَمِعْتُه يقولُ كذا وكذا، فحدَّثَهم بما قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم.

فقام عُرْوةُ بنُ مسعودٍ، فقال: أيْ قومِ، ألَسْتم بالوالدِ؟ قالوا: بلى، قال: أوَلَسْتُ بالولدِ؟ قالوا: بلى، قال: فهل تتَّهِموني؟ قالوا: لا، قال: ألَسْتم تَعلَمون أنِّي استنفَرْتُ أهلَ عُكَاظَ، فلمَّا بلَّحُوا عليَّ، جِئْتُكم بأهلي وولَدي ومَن أطاعني؟ قالوا: بلى، قال: فإنَّ هذا قد عرَضَ لكم خُطَّةَ رُشْدٍ، اقبَلوها ودَعُوني آتِيهِ، قالوا: ائتِهِ، فأتاه، فجعَلَ يُكلِّمُ النبيَّ صلى الله عليه وسلم، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم نحوًا مِن قولِه لبُدَيلٍ، فقال عُرْوةُ عند ذلك: أيْ مُحمَّدُ، أرأَيْتَ إنِ استأصَلْتَ أمرَ قومِك، هل سَمِعْتَ بأحدٍ مِن العرَبِ اجتاحَ أهلَه قَبْلَك؟ وإن تكُنِ الأخرى، فإنِّي واللهِ لَأرى وجوهًا، وإنِّي لَأرى أوشابًا مِن الناسِ خليقًا أن يَفِرُّوا ويدَعُوك، فقال له أبو بكرٍ الصِّدِّيقُ: امصَصْ ببَظْرِ اللَّاتِ، أنَحْنُ نَفِرُّ عنه وندَعُه؟! فقال: مَن ذا؟ قالوا: أبو بكرٍ، قال: أمَا والذي نفسي بيدِه، لولا يدٌ كانت لك عندي لم أَجْزِكَ بها، لَأجَبْتُك، قال: وجعَلَ يُكلِّمُ النبيَّ صلى الله عليه وسلم، فكلَّما تكلَّمَ أخَذَ بلِحْيتِه، والمُغِيرةُ بنُ شُعْبةَ قائمٌ على رأسِ النبيِّ صلى الله عليه وسلم، ومعه السَّيْفُ، وعليه المِغفَرُ، فكلَّما أهوى عُرْوةُ بيدِه إلى لِحْيةِ النبيِّ صلى الله عليه وسلم، ضرَبَ يدَه بنَعْلِ السَّيْفِ، وقال له: أخِّرْ يدَكَ عن لِحْيةِ رسولِ اللهِ صلى الله عليه وسلم، فرفَعَ عُرْوةُ رأسَه، فقال: مَن هذا؟ قالوا: المُغِيرةُ بنُ شُعْبةَ، فقال: أيْ غُدَرُ، ألَسْتُ أسعى في غَدْرتِك؟ وكان المُغِيرةُ صَحِبَ قومًا في الجاهليَّةِ فقتَلَهم، وأخَذَ أموالَهم، ثم جاءَ فأسلَمَ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «أمَّا الإسلامَ فأقبَلُ، وأمَّا المالَ فلَسْتُ منه في شيءٍ»، ثم إنَّ عُرْوةَ جعَلَ يرمُقُ أصحابَ النبيِّ صلى الله عليه وسلم بعَيْنَيهِ، قال: فواللهِ، ما تنخَّمَ رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم نُخَامةً إلا وقَعتْ في كَفِّ رجُلٍ منهم، فدلَكَ بها وجهَه وجِلْدَه، وإذا أمَرَهم ابتدَرُوا أمرَه، وإذا توضَّأَ كادوا يقتتِلون على وَضوئِه، وإذا تكلَّمَ خفَضوا أصواتَهم عنده، وما يُحِدُّون إليه النَّظَرَ تعظيمًا له ، فرجَعَ عُرْوةُ إلى أصحابِه، فقال: أيْ قومِ، واللهِ، لقد وفَدتُّ على الملوكِ، ووفَدتُّ على قَيصَرَ وكِسْرَى والنَّجاشيِّ، واللهِ، إنْ رأَيْتُ مَلِكًا قطُّ يُعظِّمُه أصحابُه ما يُعظِّمُ أصحابُ مُحمَّدٍ صلى الله عليه وسلم مُحمَّدًا، واللهِ، إنْ تَنخَّمَ نُخَامةً إلا وقَعتْ في كَفِّ رجُلٍ منهم، فدلَكَ بها وجهَه وجِلْدَه، وإذا أمَرَهم ابتدَرُوا أمرَه، وإذا توضَّأَ كادُوا يقتتِلون على وَضوئِه، وإذا تكلَّمَ خفَضوا أصواتَهم عنده، وما يُحِدُّون إليه النَّظَرَ تعظيمًا له، وإنَّه قد عرَضَ عليكم خُطَّةَ رُشْدٍ فاقبَلوها.

فقال رجُلٌ مِن بني كِنانةَ: دَعُوني آتِيهِ، فقالوا: ائتِهِ، فلمَّا أشرَفَ على النبيِّ صلى الله عليه وسلم وأصحابِه، قال رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم: «هذا فلانٌ، وهو مِن قومٍ يُعظِّمون البُدْنَ، فابعَثوها له»، فبُعِثتْ له، واستقبَلَه الناسُ يُلَبُّون، فلمَّا رأى ذلك، قال: سُبْحانَ اللهِ! ما ينبغي لهؤلاء أن يُصَدُّوا عن البيتِ! فلمَّا رجَعَ إلى أصحابِه، قال: رأَيْتُ البُدْنَ قد قُلِّدتْ وأُشعِرتْ، فما أرى أن يُصَدُّوا عن البيتِ.

فقامَ رجُلٌ منهم يقالُ له: مِكْرَزُ بنُ حَفْصٍ، فقال: دعُوني آتِيهِ، فقالوا: ائتِهِ، فلمَّا أشرَفَ عليهم، قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «هذا مِكْرَزٌ، وهو رجُلٌ فاجرٌ»، فجعَلَ يُكلِّمُ النبيَّ صلى الله عليه وسلم، فبَيْنما هو يُكلِّمُه، إذ جاءَ سُهَيلُ بنُ عمرٍو، قال مَعمَرٌ: فأخبَرَني أيُّوبُ، عن عِكْرمةَ: أنَّه لمَّا جاءَ سُهَيلُ بنُ عمرٍو، قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «لقد سهُلَ لكم مِن أمرِكم».

قال مَعمَرٌ: قال الزُّهْريُّ في حديثِه: فجاء سُهَيلُ بنُ عمرٍو، فقال: هاتِ اكتُبْ بَيْننا وبَيْنكم كتابًا، فدعَا النبيُّ صلى الله عليه وسلم الكاتبَ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «بِسْمِ اللهِ الرَّحْمنِ الرَّحيمِ»، قال سُهَيلٌ: أمَّا الرَّحْمنُ، فواللهِ ما أدري ما هو، ولكنِ اكتُبْ باسمِك اللهمَّ كما كنتَ تكتُبُ، فقال المسلمون: واللهِ، لا نكتُبُها إلا بسمِ اللهِ الرَّحْمنِ الرَّحيمِ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «اكتُبْ باسمِك اللهمَّ»، ثم قال: «هذا ما قاضَى عليه مُحمَّدٌ رسولُ اللهِ»، فقال سُهَيلٌ: واللهِ، لو كنَّا نَعلَمُ أنَّك رسولُ اللهِ، ما صدَدْناك عن البيتِ، ولا قاتَلْناك، ولكنِ اكتُبْ: مُحمَّدُ بنُ عبدِ اللهِ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «واللهِ، إنِّي لَرسولُ اللهِ، وإن كذَّبْتموني، اكتُبْ: مُحمَّدُ بنُ عبدِ اللهِ»، قال الزُّهْريُّ: وذلك لقولِه: «لا يَسألوني خُطَّةً يُعظِّمون فيها حُرُماتِ اللهِ إلا أعطَيْتُهم إيَّاها»، فقال له النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «على أن تُخَلُّوا بَيْننا وبَيْنَ البيتِ فنطُوفَ به»، فقال سُهَيلٌ: واللهِ، لا تَتحدَّثُ العرَبُ أنَّا أُخِذْنا ضُغْطةً، ولكنْ ذلك مِن العامِ المقبِلِ، فكتَبَ، فقال سُهَيلٌ: وعلى أنَّه لا يأتيك منَّا رجُلٌ - وإن كان على دِينِك - إلا ردَدتَّه إلينا، قال المسلمون: سُبْحانَ اللهِ! كيف يُرَدُّ إلى المشركين وقد جاء مسلِمًا؟!

فبَيْنما هم كذلك، إذ دخَلَ أبو جَنْدلِ بنُ سُهَيلِ بنِ عمرٍو يرسُفُ في قيودِه، وقد خرَجَ مِن أسفَلِ مكَّةَ حتى رمَى بنفسِه بين أظهُرِ المسلمين، فقال سُهَيلٌ: هذا - يا مُحمَّدُ - أوَّلُ ما أُقاضيك عليه أن ترُدَّه إليَّ، فقال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «إنَّا لم نَقْضِ الكتابَ بعدُ»، قال: فواللهِ، إذًا لم أُصالِحْك على شيءٍ أبدًا، قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «فأجِزْهُ لي»، قال: ما أنا بمُجيزِهِ لك، قال: «بلى فافعَلْ»، قال: ما أنا بفاعلٍ، قال مِكْرَزٌ: بل قد أجَزْناه لك.

قال أبو جَنْدلٍ: أيْ معشرَ المسلمين، أُرَدُّ إلى المشركين وقد جِئْتُ مسلِمًا؟! ألَا ترَوْنَ ما قد لَقِيتُ؟! وكان قد عُذِّبَ عذابًا شديدًا في اللهِ.

قال: فقال عُمَرُ بنُ الخطَّابِ: فأتَيْتُ نبيَّ اللهِ صلى الله عليه وسلم، فقلتُ: ألَسْتَ نبيَّ اللهِ حقًّا؟! قال: «بلى»، قلتُ: ألَسْنا على الحقِّ، وعدُوُّنا على الباطلِ؟! قال: «بلى»، قلتُ: فلِمَ نُعطِي الدَّنيَّةَ في دِينِنا إذًا؟ قال: «إنِّي رسولُ اللهِ، ولستُ أعصيه، وهو ناصري»، قلتُ: أوَليس كنتَ تُحدِّثُنا أنَّا سنأتي البيتَ فنطُوفُ به؟ قال: «بلى، فأخبَرْتُك أنَّا نأتيه العامَ؟!»، قال: قلتُ: لا، قال: «فإنَّك آتِيهِ، ومُطَّوِّفٌ به»، قال: فأتَيْتُ أبا بكرٍ، فقلتُ: يا أبا بكرٍ، أليس هذا نبيَّ اللهِ حقًّا؟ قال: بلى، قلتُ: ألَسْنا على الحقِّ وعدُوُّنا على الباطلِ؟ قال: بلى، قلتُ: فلِمَ نُعطِي الدَّنيَّةَ في دِينِنا إذًا؟ قال: أيُّها الرَّجُلُ، إنَّه لَرسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم، وليس يَعصِي ربَّه، وهو ناصِرُه؛ فاستمسِكْ بغَرْزِه؛ فواللهِ، إنَّه على الحقِّ، قلتُ: أليس كان يُحدِّثُنا أنَّا سنأتي البيتَ ونطُوفُ به؟ قال: بلى، أفأخبَرَك أنَّك تأتيه العامَ؟ قلتُ: لا، قال: فإنَّك آتِيهِ ومطَّوِّفٌ به.

قال الزُّهْريُّ: قال عُمَرُ: فعَمِلْتُ لذلك أعمالًا.

قال: فلمَّا فرَغَ مِن قضيَّةِ الكتابِ، قال رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم لأصحابِه: «قُومُوا فانحَروا، ثم احلِقوا»، قال: فواللهِ، ما قامَ منهم رجُلٌ، حتى قال ذلك ثلاثَ مرَّاتٍ، فلمَّا لم يقُمْ منهم أحدٌ، دخَلَ على أمِّ سلَمةَ، فذكَرَ لها ما لَقِيَ مِن الناسِ، فقالت أمُّ سلَمةَ: يا نبيَّ اللهِ، أتُحِبُّ ذلك؟! اخرُجْ ثم لا تُكلِّمْ أحدًا منهم كلمةً حتى تَنحَرَ بُدْنَك، وتدعوَ حالِقَك فيَحلِقَك، فخرَجَ فلم يُكلِّمْ أحدًا منهم حتى فعَلَ ذلك؛ نحَرَ بُدْنَه، ودعَا حالِقَه فحلَقَه، فلمَّا رأَوْا ذلك قامُوا فنحَرُوا، وجعَلَ بعضُهم يَحلِقُ بعضًا، حتى كادَ بعضُهم يقتُلُ بعضًا غمًّا.

ثم جاءَه نِسْوةٌ مؤمِناتٌ؛ فأنزَلَ اللهُ تعالى: {يَٰٓأَيُّهَا اْلَّذِينَ ءَامَنُوٓاْ إِذَا جَآءَكُمُ اْلْمُؤْمِنَٰتُ مُهَٰجِرَٰتٖ فَاْمْتَحِنُوهُنَّۖ} [الممتحنة: 10] حتى بلَغَ {بِعِصَمِ اْلْكَوَافِرِ} [الممتحنة: 10]، فطلَّقَ عُمَرُ يومَئذٍ امرأتَينِ كانتا له في الشِّرْكِ، فتزوَّجَ إحداهما مُعاويةُ بنُ أبي سُفْيانَ، والأخرى صَفْوانُ بنُ أُمَيَّةَ.

ثم رجَعَ النبيُّ صلى الله عليه وسلم إلى المدينةِ، فجاءَه أبو بَصِيرٍ - رجُلٌ مِن قُرَيشٍ - وهو مسلِمٌ، فأرسَلوا في طلَبِه رجُلَينِ، فقالوا: العهدَ الذي جعَلْتَ لنا، فدفَعَه إلى الرَّجُلَينِ، فخرَجَا به حتى بلَغَا ذا الحُلَيفةِ، فنزَلوا يأكلون مِن تَمْرٍ لهم، فقال أبو بَصِيرٍ لأحدِ الرَّجُلَينِ: واللهِ، إنِّي لَأرى سَيْفَك هذا يا فلانُ جيِّدًا، فاستَلَّه الآخَرُ، فقال: أجَلْ، واللهِ، إنَّه لَجيِّدٌ، لقد جرَّبْتُ به، ثم جرَّبْتُ، فقال أبو بَصِيرٍ: أرِني أنظُرْ إليه، فأمكَنَه منه، فضرَبَه حتى برَدَ، وفَرَّ الآخَرُ حتى أتى المدينةَ، فدخَلَ المسجدَ يعدو، فقال رسولُ اللهِ صلى الله عليه وسلم حينَ رآه: «لقد رأى هذا ذُعْرًا»، فلمَّا انتهى إلى النبيِّ صلى الله عليه وسلم، قال: قُتِلَ - واللهِ - صاحبي، وإنِّي لَمقتولٌ، فجاءَ أبو بَصِيرٍ، فقال: يا نبيَّ اللهِ، قد - واللهِ - أوفى اللهُ ذِمَّتَك، قد ردَدتَّني إليهم، ثم أنجاني اللهُ منهم، قال النبيُّ صلى الله عليه وسلم: «وَيْلُ أُمِّهِ! مِسْعَرَ حَرْبٍ لو كان له أحدٌ»، فلمَّا سَمِعَ ذلك، عرَفَ أنَّه سيرُدُّه إليهم، فخرَجَ حتى أتى سِيفَ البحرِ.

قال: وينفلِتُ منهم أبو جَنْدلِ بنُ سُهَيلٍ، فلَحِقَ بأبي بَصِيرٍ، فجعَلَ لا يخرُجُ مِن قُرَيشٍ رجُلٌ قد أسلَمَ إلا لَحِقَ بأبي بَصِيرٍ، حتى اجتمَعتْ منهم عِصابةٌ؛ فواللهِ، ما يَسمَعون بِعِيرٍ خرَجتْ لقُرَيشٍ إلى الشَّأمِ إلا اعترَضوا لها، فقتَلوهم وأخَذوا أموالَهم، فأرسَلتْ قُرَيشٌ إلى النبيِّ صلى الله عليه وسلم تُناشِدُه باللهِ والرَّحِمِ، لَمَا أرسَلَ: فمَن أتاه فهو آمِنٌ، فأرسَلَ النبيُّ صلى الله عليه وسلم إليهم؛ فأنزَلَ اللهُ تعالى: {وَهُوَ اْلَّذِي كَفَّ أَيْدِيَهُمْ عَنكُمْ وَأَيْدِيَكُمْ عَنْهُم بِبَطْنِ مَكَّةَ مِنۢ بَعْدِ أَنْ أَظْفَرَكُمْ عَلَيْهِمْۚ} [الفتح: 24] حتى بلَغَ {اْلْحَمِيَّةَ حَمِيَّةَ اْلْجَٰهِلِيَّةِ} [الفتح: 26]، وكانت حَمِيَّتُهم أنَّهم لم يُقِرُّوا أنَّه نبيُّ اللهِ، ولم يُقِرُّوا ببِسْمِ اللهِ الرَّحْمنِ الرَّحيمِ، وحالُوا بَيْنَهم وبَيْنَ البيتِ». أخرجه البخاري (٢٧٣١).

* سورة (الفتح):

سُمِّيت سورةُ (الفتح) بهذا الاسم؛ لأنها افتُتحت بذكرِ بشرى الفتح للمؤمنين؛ قال تعالى: {إِنَّا فَتَحْنَا لَكَ فَتْحٗا مُّبِينٗا} [الفتح: 1].

* وصَف رسولُ الله صلى الله عليه وسلم سورة (الفتح) يومَ نزلت بأنها أحَبُّ إليه مما طلَعتْ عليه الشمسُ:

عن أسلَمَ مولى عُمَرَ بن الخطابِ رضي الله عنه: «أنَّ رسولَ اللهِ ﷺ كان يَسِيرُ في بعضِ أسفارِه، وعُمَرُ بنُ الخطَّابِ يَسِيرُ معه ليلًا، فسألَه عُمَرُ عن شيءٍ، فلم يُجِبْهُ رسولُ اللهِ ﷺ، ثم سألَه فلم يُجِبْهُ، ثم سألَه فلم يُجِبْهُ، فقال عُمَرُ: ثَكِلَتْكَ أمُّك؛ نزَرْتَ رسولَ اللهِ ﷺ ثلاثَ مرَّاتٍ، كلَّ ذلك لا يُجِيبُك، قال عُمَرُ: فحرَّكْتُ بعيري حتى كنتُ أمامَ الناسِ، وخَشِيتُ أن يَنزِلَ فيَّ قرآنٌ، فما نَشِبْتُ أنْ سَمِعْتُ صارخًا يصرُخُ بي، قال: فقلتُ: لقد خَشِيتُ أن يكونَ نزَلَ فيَّ قرآنٌ، قال: فجِئْتُ رسولَ اللهِ ﷺ، فسلَّمْتُ عليه، فقال: «لقد أُنزِلتْ عليَّ الليلةَ سورةٌ لَهِيَ أحَبُّ إليَّ ممَّا طلَعتْ عليه الشمسُ»، ثم قرَأَ: {إِنَّا فَتَحْنَا لَكَ فَتْحٗا مُّبِينٗا} [الفتح: 1]». أخرجه البخاري (٥٠١٢).

1. صلحُ (الحُدَيبيَة)، وآثارُه (١-٧).

2. مهامُّ النبيِّ صلى الله عليه وسلم، ومغزى (بَيْعة الرِّضوان) (٨-١٠).

3. أحوال المتخلِّفين عن (الحُدَيبيَة) (١١-١٧).

4. (بَيْعة الرِّضوان)، وآثارها الخَيِّرة (١٨-٢٤).

5. أسباب وآثار الصلح (٢٥-٢٦).

6. تحقيق رؤيا النبيِّ صلى الله عليه وسلم، وأوصافُه، وأصحابه (٢٧-٢٩).

ينظر: "التفسير الموضوعي لسور القرآن الكريم" لمجموعة من العلماء (7 /288).

يقول البِقاعيُّ: «مقصودها: اسمُها الذي يعُمُّ فَتْحَ مكَّةَ، وما تقدَّمَه من صلح الحُدَيبيَة، وفتحِ خَيْبَرَ، ونحوِهما، وما تفرَّعَ عنه من إسلامِ أهل جزيرة العرب، وقتالِ أهل الرِّدة، وفتوح جميع البلاد، الذي يجمعه كلَّه إظهارُ هذا الدِّين على الدِّين كله.

وهذا كلُّه في غاية الظهور؛ بما نطق به ابتداؤها وأثناؤها، في مواضعَ منها: {لَّقَدْ صَدَقَ اْللَّهُ رَسُولَهُ اْلرُّءْيَا بِاْلْحَقِّۖ}[الفتح:27].

وانتهاؤها: {لِيُظْهِرَهُۥ عَلَى اْلدِّينِ كُلِّهِ}[الفتح:28]، {مُّحَمَّدٞ رَّسُولُ اْللَّهِۚ} [الفتح: 29] إلى قوله: {لِيَغِيظَ بِهِمُ اْلْكُفَّارَۗ} [الفتح:29]؛ أي: بالفتحِ الأعظم، وما دُونَه من الفتوحات». "مصاعد النظر للإشراف على مقاصد السور" للبقاعي (2 /492).